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論文(要約)批判その1の2。

渡辺真由子著「児童ポルノ規制の新たな展開 : 創作物をめぐる国内制度の現状及び国際比較による課題(要約)」(以下、カギ括弧付きで「要約」というときはこの要約を指します)に関する批判、前回のイギリス憲法&アメリカ合衆国憲法編に続いてカナダ憲法編その1。

比較的わかりやすい問題と、わかりにくいけれど重要な問題がありますが、今回は比較的わかりやすい問題について。

(1)「要約」4頁21行目の「最高裁も、同法に合憲判断を下した」という部分について。

「要約」にはカナダ最高裁のどの判例のことなのか特定するに足るだけの判決日等の記載がなく、記載がないという時点で問題ですが、おそらくカナダ最高裁2001年1月26日判決(以下、シャープ判決)のことであろうということにして話を進めますが、

まず、このシャープ判決の射程というか、どの範囲まで憲法判断がなされたかということが難しく、

事案との関係で見れば、このシャープ判決の事案は被告人が所持していた写真(photographs)や文章(textないしmanuscripts)が当時のカナダ刑法163.1条(1)が定義するところの児童ポルノに当たるとして163.1条(3)の提供等目的所持罪及び163.1条(4)の所持罪で刑事訴追されたというものであり(シャープ判決第3段落参照)、

このうち、所持罪について規定している163.1条(4)のカナダ憲法適合性が争われ(シャープ判決第4段落参照)、カナダ最高裁は2つの例外を除いて163.1条(4)は合憲という判決を下したというものです。

つまり、実在の18歳未満の人間の視覚的表現以外の視覚的表現が児童ポルノに含まれるとする163.1条(1)(a)の条文ないし解釈のカナダ憲法適合性についてはそれが問題となる事案ではないためそもそも争点になっていないのであり、この点まで含めて合憲であると判断したものであるとは断定できません。

また、上記163.1条(1)(a)の条文ないし解釈についても合憲であるとの判断がなされているとした場合であっても、

当時の163.1条(6)は被告人が163.1条(2)(3)(4)の犯罪で訴追された場合、児童ポルノを構成すると主張されている物が芸術的価値(artistic merit)を有するならば有罪でないとしており、この規定はシャープ判決63段落で

「I conclude that “artistic merit” should be interpreted as including any expression that may reasonably be viewed as art. Any objectively established artistic value, however small, suffices to support the defence.」("芸術的価値"は合理的に芸術と見られることができるあらゆる表現を含むと解釈されるべきと私は結論する。客観的に確立された芸術的価値は、どんなにわずかでも、抗弁を支持するのに十分である)

と判示されており、シャープ判決の憲法判断はわずかな価値すら無いものだけが163.1条の規制対象であるということを前提とするものであるということになりますが、「要約」にはそのような説明等が一切存在しないのは不適切だと思います。

(当時の163.1条(6)が規定していた芸術的価値の抗弁はその後の法改正で削除され、現在のカナダ刑法163.1条のもとでは芸術的価値があっても児童ポルノ犯罪が成立しますが、

前述したようにシャープ判決の憲法判断は芸術的価値があれば163.1条(6)により児童ポルノ犯罪にはそもそも問われないということを前提としているため、せいぜい、芸術的価値の無いものについて児童ポルノ犯罪として処罰することはカナダ憲法に違反しないという判断でしかなく、芸術的価値があるものについて児童ポルノ犯罪が成立するとすることがカナダ憲法に適合するか否かの判断は含まれていないことは明らかであり、現在の163.1条のうち芸術的価値があるものであっても児童ポルノ犯罪が成立するとする部分についてまでシャープ判決によって合憲判断がなされているとすることはできません。)

また、「要約」4頁21行目は録音物も児童ポルノとして規制することについてカナダ最高裁が合憲判断をしたという趣旨を含むものと読めますが、録音物(audio recording)が163.1条(1)が定義するところの児童ポルノに含まれるようになったのは2005年11月1日以降であり、

2001年のシャープ判決の時点では録音物は163.1条(1)が定義するところの児童ポルノには含まれておらず、したがって、シャープ判決は録音物を児童ポルノとして規制することについて合憲判断をしたものではないことは明白であり、この点に関しては「要約」4頁21行目の記述は明らかに不適切です。

(なお、芸術的価値の抗弁が法改正で削除されたこと及び録音物が163.1条(1)が定義するところの児童ポルノの定義に含まれるようになった時期についてはhttps://www.canlii.org/en/ca/laws/stat/rsc-1985-c-c-46/31415/rsc-1985-c-c-46.html及びhttps://www.canlii.org/en/ca/laws/stat/rsc-1985-c-c-46/31416/rsc-1985-c-c-46.htmlより)

論文(要約)批判その1の3(カナダ憲法編その2)に続く。

論文(要約)批判その1の1。

渡辺真由子著「児童ポルノ規制の新たな展開 : 創作物をめぐる国内制度の現状及び国際比較による課題(要約)」(以下、カギ括弧付きで「要約」というときはこの要約を指します)を見ていて思ったのですが、博士論文の要約であるとしてもイギリス・アメリカ・カナダの憲法に関係する記述が不適切もしくは説明不十分なのではないかと感じる部分があります。

イギリスについて言えば、「要約」4頁の「違憲判決を受けていない」という文言がかなり違和感のあるところで、

違憲判決は憲法が通常の法律等よりも優越する効力を有するとともに法律等の憲法適合性を裁判所もしくは他の機関が審査することができることが前提になりますが、

イギリスでは、憲法(国の統治機構や人権について規定しているさまざまな法。ただし、後述するEU法に関するものを除く)は日本国憲法98条1項のように法律よりも優越する旨が明文で規定されているわけでもアメリカのように最上級の裁判所の判例上優越すると解釈されているわけでもないはずで、

したがって、イギリスでは法律が憲法に違反するとする判決はそもそもあり得ないはずであり(憲法に法律よりも優越する効力を認めるという法改正でもなされれば別ですが)、

そのことを全く説明せずアメリカと対比する形で「違憲判決を受けていない」と記述することは不適切であるように思います。

なお、(European Communities Act 1972によりイギリス法としての効力が認められているだけでなく判例上法律よりも優越すると解されている)EU法に法律が違反するとする判決のことを違憲判決とは言わないと思いますし、

Human Rights Act 1998によりイギリス法としての効力が認められている)ヨーロッパ人権条約に法律が不適合と宣言する判決のことを"違憲判決"と表現する例は皆無ではないものの一般的ではありませんので、「要約」4頁の「違憲判決」とは不適合宣言判決を意味するとは言えないと思いますが、

仮に不適合宣言判決を意味するものとして「違憲判決」という語が用いられていたとしても、

日本では法律について違憲判決がなされたときには少なくともその事件ではその法律は無効として適用されませんが、イギリスでは不適合宣言判決がなされてもその法律の有効性に影響を及ぼさずその事件でもその法律は適用される(4条(6))という点で大きく異なりますので、

不適合宣言判決のことを(相当な注釈等を加えずに)単に"違憲判決"と表現するのは妥当ではないと思います。

続いてアメリカ編。アメリカにおける規制に関する「要約」5~6頁の記述、特に「要約」6頁の「「わいせつ」の概念の一部が当てはまれば」などといった記述は、アメリカ合衆国法典18編1466A条(a)(2)及び(b)(2)をもとにしていると思いますが、

Ferber判決が言うところのchild pornographyは実在性が要求されますが1466A条における「minor」は実在を要しないことは同条(c)に明記されており、

また、1466A条(a)(2)及び(b)(2)はMiller判決が定義するところのobscene material(わいせつなもの)に該当するための3要件のうちの1つしか要求していないため、

1466A条(a)(2)及び(b)(2)の規制対象には、その文言上、Ferber判決が言うところのchild pornographyにもMiller判決が定義するところのobscene materialにも該当しない性表現が含まれることになりますが、

アメリカ連邦最高裁2002年4月16日判決は、Ferber判決が言うところのchild pornographyにもMiller判決が定義するところのobscene materialにも該当しない性表現には修正1条の保障が及び、児童を誘惑するために使用されるかもしれない等といった理屈では規制は正当化されない旨を判示しており、

同判決に照らせば、Ferber判決が言うところのchild pornographyにもMiller判決が定義するところのobscene materialにも該当しない性表現の製造等や所持について1466A条(a)(2)または(b)(2)により刑罰を科すことは修正1条違反となることは明らかであり、

同判決後の下級審判例(アイオワ州南部地区連邦地裁2008年7月2日命令第11巡回区控訴裁判所2011年3月16日判決)を見ても、

1466A条(a)(2)または(b)(2)が過度に広範として文面違憲と認められるかはともかく、Ferber判決が言うところのchild pornographyにもMiller判決が定義するところのobscene materialにも該当しない性表現の規制は修正1条違反ということに異論は見られないわけで、

1466A条(a)(2)及び(b)(2)に関係するこれらの判例の内容について「要約」に記述が無いという時点で著しく説明不足であり明らかに不適切というほかありません。

カナダについては別記事を予定。

(この記事はTwitterでつぶやいた内容を移記したものです。ただし、URLの記載をリンクに変更するなど一部変更を加えています。)

論文批判その4の2(サイバー犯罪条約9条2項b及びcについてその2)。

論文批判その4の1に続き、

渡辺真由子著「子どもポルノをめぐる国際動向と人権」(以下、「渡辺論文」というときはこの論文を指します。なお、「渡辺論文」の記述を引用するときは略した表記をしない場合があります)

について批判を書こうと思います。今回も日本では「サイバー犯罪条約」と呼ばれている条約(以下、単に「サイバー犯罪条約」。英語正文フランス語正文外務省訳)の9条2項b及びcに関する部分について書こうと思います。

(1)直接引用の体裁で記述されているが改変(一部切除等)が加えられており、翻訳という面から見ても明らかに妥当でない部分。

「2項bと同cを設定した目的について欧州評議会は、「こうした仮想描写物の子どもポルノが、実在の子ども達に対して性的虐待行為に加わることを奨励したりそそのかしたりすることに使われ、性的虐待を促進する下位文化が形成されることを防ぐため」とする57。」

(上記外側のカギ括弧内は渡辺真由子著「子どもポルノをめぐる国際動向と人権」12頁本文(空白行や各頁上部にある「渡辺論文」の掲載誌名等及びタイトルは本文に含まない。以下同じ)22~25行目より引用。以下、この部分を「渡辺論文の引用部分6」と表記します)

「渡辺論文の引用部分6」は「渡辺論文」脚注57に記載されているサイバー犯罪条約注釈書英語版102段落から直接引用しているという体裁で記述されているわけですが、

サイバー犯罪条約注釈書英語版102段落のうちサイバー犯罪条約9条2項b及びcに関する部分は以下のカギ括弧内の部分です。

「Paragraphs 2(b) and 2(c) aim at providing protection against behaviour that, while not necessarily creating harm to the 'child' depicted in the material, as there might not be a real child, might be used to encourage or seduce children into participating in such acts, and hence form part of a subculture favouring child abuse.」

(上記カギ括弧内はhttps://rm.coe.int/CoERMPublicCommonSearchServices/DisplayDCTMContent?documentId=09000016800cce5bより引用。以下、この部分を「注釈書英語版102段落の被引用部分6」と表記します)

(2)改変について。

「注釈書英語版102段落の被引用部分6」と「渡辺論文の引用部分6」を比べてみると、

まず、重大な問題として「注釈書英語版102段落の被引用部分6」には「while not necessarily creating harm to the 'child' depicted in the material, as there might not be a real child,」、「might」(前から2番目のもの)、「hence」、「part of」という記述がそれぞれ存在しますが、「渡辺論文の引用部分6」にはこれらの記述に対応する部分が存在しません。

次に、もし仮に間接引用の体裁で記述されていたならば問題にならないかもしれないものの直接引用の体裁で記述されている以上は改変というほかない部分として、

「注釈書英語版102段落の被引用部分6」の関係節内では「such acts」という語が用いられていますが、「渡辺論文の引用部分6」ではその部分について「性的虐待行為」という語で表しており、たとえ「such acts」という語が「性的虐待行為」という趣旨で用いられていたとしても改変であることに違いはありません。

同様に、「注釈書英語版102段落の被引用部分6」の関係節内では「child abuse」という語が用いられていますが、「渡辺論文の引用部分6」ではその部分について「性的虐待」という語で表しており、「child abuse」という部分の「child」が削られている点については明らかな改変ですし、たとえ「child abuse」という部分の「abuse」が「性的虐待」という趣旨で用いられていたとしても「性的」という部分を付加したことが改変であることに違いはありません。

また、「注釈書英語版102段落の被引用部分6」の「children」には「実在の」という意味の修飾語は付いていないところ、「渡辺論文の引用部分6」ではその部分について「実在の子ども達」という語で表されており、たとえ実質的な内容に変更を加えるものではなくとも「実在の」という語を付加したことが改変であることに違いはありません。

また、「渡辺論文の引用部分6」では「こうした仮想描写物の子どもポルノが」という語が用いられていますが、「注釈書英語版102段落の被引用部分6」にはそれに対応する語は存在しません。

(3)翻訳が明らかに妥当でないことについて。

サイバー犯罪条約注釈書英語版102段落に関する翻訳が明らかに妥当でないということについて具体的に指摘する前に、サイバー犯罪条約の注釈書について少し説明しておきます。

サイバー犯罪条約の注釈書には英語版のほかにフランス語版が存在し、

これらは同じサイバー犯罪条約の注釈書ですので、表現上の差異はともかく実質的な内容について英語版とフランス語版で異なる内容にすることが意図されていたとは到底考えられず、同じ内容を英語とフランス語のそれぞれで記述したと考えるのが明らかに妥当であり、

したがって、サイバー犯罪条約注釈書英語版を翻訳する場合、サイバー犯罪条約注釈書フランス語版と実質的に同じ内容であろうということを前提として翻訳すべきということになり、

それを前提とすると、サイバー犯罪条約注釈書英語版102段落の「form」について「渡辺論文の引用部分6」のように「形成される」と訳すのは明らかに妥当ではありません。

少し具体的に説明すると、注釈書英語版102段落の「and hence form part of a subculture」に対応する部分は注釈書フランス語版102段落の「et s'inscrit, de ce fait, dans le cadre d'une sous-culture」で、

「and」と「et」、「hence」と「de ce fait」、「form part of a」とs'inscrit dans le cadre d'une、「subculture」と「sous-culture」がそれぞれ対応します。

問題はs'inscrit dans le cadre d'une ~で、s'inscrit(inscritは3人称単数直説法現在)は「含まれる」などといった意味で、dans le cadre d'une ~は「~の範囲内に」といった意味ですので、s'inscrit dans le cadre d'une ~は「~の範囲内に含まれる」という意味と考えられ、

これと注釈書英語版102段落の「form part of a」は実質的に同じ内容であろうということを前提とすると、注釈書英語版102段落の「form part of a」は「の一部である」「の一部をなす」といった意味であろうと考えられるのであり、「形成される」などという意味であろうとはとても考えられません。

(英語の動詞「form」には、https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/formによると「to make or be something」という意味もあり、https://www.merriam-webster.com/dictionary/formによると「be an essential or basic element of」という意味もあり、英和辞典で見てもhttps://dictionary.goo.ne.jp/word/en/form/で読むことが可能な小学館プログレッシブ英和中辞典によると「…である(be)」という意味もあります。)

論文批判その4の1(サイバー犯罪条約9条2項b及びcについてその1)。

論文批判その3の4に続き、

渡辺真由子著「子どもポルノをめぐる国際動向と人権」(以下、「渡辺論文」というときはこの論文を指します。なお、「渡辺論文」の記述を引用するときは略した表記をしない場合があります)

について批判を書こうと思います。今回は日本では「サイバー犯罪条約」と呼ばれている条約(以下、単に「サイバー犯罪条約」。英語正文フランス語正文外務省訳)の9条2項b及びcに関する部分について書こうと思います。

(1)間接引用の体裁で記述されているが引用とは言えないものであり、かつ、サイバー犯罪条約9条2項b及びcについての説明が間違っているか著しく不十分であり、かつ、翻訳という面から見ても極めて不適当な部分。

「新たな定義として、成人が未成年者を演じる画像や(2項b)、実在する子どもを含まない表現、例えば実在する人物を加工した画像やコンピューター上で全て創作された描写物など(2項c)にまで広げている56。」

(上記カギ括弧内は渡辺真由子著「子どもポルノをめぐる国際動向と人権」12頁本文(空白行や各頁上部にある「渡辺論文」の掲載誌名等及びタイトルは本文に含まない。以下同じ)20~22行目より引用。以下、この部分を「渡辺論文の引用部分5」と表記します)

「渡辺論文の引用部分5」は「渡辺論文」脚注56に記載されているサイバー犯罪条約注釈書英語版101段落を間接引用しているという体裁で記述されているわけですが、

そもそも、サイバー犯罪条約9条における「child pornography」「pornographie enfantine」の定義について論じようとするなら、サイバー犯罪条約9条の正文から出発するべきであって、条約解釈に際して利用されるに過ぎない注釈書の記載を正文の文言と関連付けずに利用するというのは根本的に間違っており論外というほかないのですが、その点はとりあえずおいて、

サイバー犯罪条約注釈書英語版101段落のうちサイバー犯罪条約9条2項b及びcに関する部分は以下のカギ括弧内の部分です。

「pornographic images which depict a person appearing to be a minor engaged in sexually explicit conduct (2b), and finally images, which, although "realistic", do not in fact involve a real child engaged in sexually explicit conduct (2c). This latter scenario includes pictures which are altered, such as morphed images of natural persons, or even generated entirely by the computer.」

(上記カギ括弧内はhttps://rm.coe.int/CoERMPublicCommonSearchServices/DisplayDCTMContent?documentId=09000016800cce5bより引用。以下、この部分を「注釈書英語版101段落の被引用部分5」と表記します)

(2)サイバー犯罪条約9条2項bに関する部分について。

まず、2項bに関する部分について「注釈書英語版101段落の被引用部分5」と「渡辺論文の引用部分5」を比較してみると、

サイバー犯罪条約注釈書英語版101段落には「pornographic images which depict a person appearing to be a minor engaged in sexually explicit conduct」と記述されており、これをサイバー犯罪条約注釈書フランス語版101段落の対応部分と実質的に同じ意味になるよう訳すと「性的にあからさまな行為を行う未成年者であるように見える人間を描写するポルノ的画像」となると思いますが、

(appearにはhttps://www.merriam-webster.com/dictionary/appearによると「to have an outward aspect」(外観を有する)といった意味があり、日本語訳するときは「~のように見える」などと訳されます。)

「渡辺論文の引用部分5」は「成人が未成年者を演じる画像」と記述しており、「注釈書英語版101段落の被引用部分5」には「演じる」という意味の語はありませんので明らかに異なります。

付言すると、「演じる」という日本語は「演技」「演芸」「演劇」「演奏」「演武」などという語を思い浮かべればなんとなくわかると思いますが、他人の前で劇をしたり楽器を奏でたり武術を行ったりといった技芸を行うということが基本的な意味であり、なかでも劇などで何らかの役を務めるという意味で用いられることが多いと思いますが、

それを前提とすると、「成人が未成年者を演じる画像」とは、(劇などの設定上)未成年者ということになっている人間の役を務めている成人を描写する画像ということになり、この場合、その成人の外観が未成年者のように見えるか否かは問われないことになります。

したがって、「渡辺論文の引用部分5」と「注釈書英語版101段落の被引用部分5」のうち2項bに関する部分は明らかに異なり、間接引用する際の言い換えと言えるものではありません。

なお、劇などで何らかの役を務める場合、その役に合った衣装や小道具を身に着けて外観を飾ることが多いということも考慮すれば、「渡辺論文の引用部分5」における「成人が未成年者を演じる画像」とは未成年者であるかのような衣装や小道具(未成年者が身に着けていることが通常であって成人が身に着けていることは通常ない衣装や小道具)を身に着けている成人を描写する画像という趣旨だったという可能性も考えられなくはないですが、

仮にそのような趣旨だったとしても、「注釈書英語版101段落の被引用部分5」の記述はあくまで「pornographic images which depict a person appearing to be a minor engaged in sexually explicit conduct」(性的にあからさまな行為を行う未成年者であるように見える人間を描写するポルノ的画像)であり、未成年者であるかのような衣装や小道具を身に着けている成人を描写する画像とは記述されていない以上、一致しません。

さらに付言すると、サイバー犯罪条約英語正文9条2項及び「注釈書英語版101段落の被引用部分5」における「person appearing to be a minor」は(実際には未成年者ではないが)身体的発達が遅れているため未成年者のように見える人間のことであると解釈することが可能な文言であり、この場合、その人間は未成年者を演じるという作為(積極的行為)を行わなくてもただ単に身体的発達が遅れているため未成年者のように見える状態でありさえすれば「person appearing to be a minor」に該当しますが、

「渡辺論文の引用部分5」が記述する「成人が未成年者を演じる画像」という文言は、その成人の身体がただ単に身体的発達が遅れているため未成年者のように見える状態にあるというだけでは未成年者を演じるという作為(積極的行為)が存在しないため「成人が未成年者を演じる画像」には該当しないということになります。

そういう観点から見ても、サイバー犯罪条約英語正文9条及び「注釈書英語版101段落の被引用部分5」と「渡辺論文の引用部分5」のうちの2項bに関する部分は一致しません。

以上のように、「渡辺論文の引用部分5」のうち2項bに関する部分はサイバー犯罪条約注釈書英語版101段落を間接引用しているという体裁で記述されているものの実際には間接引用する際の言い換えとは到底言えない部分が含まれており、引用と言えるものではありません。

また、翻訳という観点から見ると、同一もしくは密接に関連する文書の中で同一の文言が用いられているからといって必ずしも同一の訳をしなければならないなどということはなく、文脈等に照らしてそれぞれ適切な訳をしなければならないのは当然ですが、

「注釈書英語版101段落の被引用部分5」における「person appearing to be a minor」については明らかにサイバー犯罪条約英語正文9条2項bの「person appearing to be a minor」をそのまま用いており、これらは明らかに同一の意味であると考えられますので同一の訳をすべきであるところ、

「渡辺論文」ではその12頁本文12行目においてサイバー犯罪条約9条2項bの「person appearing to be a minor」について「未成年者であると外見上認められる者」という外務省訳を採用する一方、「渡辺論文の引用部分5」のうち2項bに関する部分では「未成年者であると外見上認められる者」という文言とは明らかに異なる語を用いており、翻訳という観点から見ても「渡辺論文の引用部分5」のうち2項bに関する部分は極めて不適当なものというほかありません。

(念のため書いておくと、サイバー犯罪条約9条2項bが規制しようとしている画像について、「これは「成人が未成年者を演じる画像」のことであると解釈するのが妥当であろう」といった形で個人の見解を表明するのであれば別に問題は無く、そのように個人の見解として表明されたのであればその解釈が妥当であるかという別の論点に移ることになりますが(その解釈は妥当ではないと私は思いますがそれは別論)、

サイバー犯罪条約注釈書英語版101段落には2項bに関して「成人が未成年者を演じる画像」のことであるという趣旨のことは書かれていないにもかかわらずそのように書かれているかのような記述を「渡辺論文の引用部分5」がしている点が問題であるということです。)

(3)サイバー犯罪条約9条2項cに関する部分について。

次に、2項cに関する部分について比較すると、「渡辺論文の引用部分5」のうち2項cに関する部分は「注釈書英語版101段落の被引用部分5」の内容とだいたい一致しますが「although "realistic"」という部分が落ちているという点で一致しません。

児童ポルノに関する国際法や外国法において「realistic」(写実的な)という語は極めて重要なキーワードであり、例えば2011年のEU指令(2011/93/EU)の2条(c)(iv)でも用いられていますし、

脚注69でかなり強引にフランス破毀院2007年9月12日判決に言及しているのとは対照的に、なぜか「渡辺論文」では一切言及されていないスウェーデン最高裁2012年6月15日判決stuvw訳うぐいすリボン訳外国の立法)やオランダ最高裁2013年3月12日判決うぐいすリボン訳)を読めば分かるように、写実的であるか否かは実在する児童を描写していない表現物がスウェーデンやオランダが定義するところの児童ポルノに該当するか否かもしくは児童ポルノとして処罰可能であるか否かという点を分けるほど重要な要素であり、

これほど重要なキーワードである「realistic」という語が「注釈書英語版101段落の被引用部分5」に存在するのに、それを間接引用する「渡辺論文の引用部分5」では落ちているというのは、それだけで2項cに関する説明が著しく不十分なものになっていると言わざるを得ないほどに大きな問題です。

(なお、「渡辺論文」の別の場所、具体的にはVictoria Baines著「Online child sexual abuse:The law enforcement response」9頁から間接引用しているという体裁で記述されている「渡辺論文」16頁本文13~21行目を見ると、

Victoria Baines著「Online child sexual abuse:The law enforcement response」9頁26行目(空白行は行に数えない。以下同じ)には「virtual images」という文言の前に「realistic」という語が存在するのに、「渡辺論文」16頁本文19~20行目の「バーチャルな」という文言のところでも落ちています。

ついでに書いておくと、Victoria Baines著「Online child sexual abuse:The law enforcement response」9頁15~18行目はイギリス法やカナダ法について言及するだけでなくアメリカ連邦最高裁2002年4月16日判決にも言及していますが、

「渡辺論文」では16頁本文13~21行目どころか全頁を見てもアメリカ連邦最高裁2002年4月16日判決には関する言及は一切存在しません。)

論文批判その3の4。

論文批判その3の3(草稿)に続き、

渡辺真由子著「子どもポルノをめぐる国際動向と人権」(以下、「渡辺論文」というときはこの論文を指します。なお、「渡辺論文」の記述を引用するときは略した表記をしない場合があります)

における引用に関する問題点について批判を書こうと思います。今回は以下の3点に関して書こうと思いますが、明白な誤訳や妥当とは言い難い訳などであってもそれほど重要ではないものについては別の機会にし、今回は原典に存在せず読み取ることもできない文言が付加されている疑いのある部分について書こうと思います。

①引用して利用する文献の質の問題。
③外国語で書かれている文献を翻訳して引用する際の翻訳が妥当なものであるかという問題。
⑤その他の問題。

(1)原典に存在せず読み取ることもできない文言が付加されている疑いのある部分。

「性犯罪をめぐる法執行分野で新たに浮上している問題として、デジタル画像以外の、実在しない子どもの描写物に関するものが挙げられた。例として、日本製の「ロリコン」や「ショタコン」(少年少女に対する性的な虐待を描く内容)の漫画やアニメが、性犯罪に使用されている点が言及された。」

(上記カギ括弧内は渡辺真由子著「子どもポルノをめぐる国際動向と人権」16頁本文(空白行や各頁上部にある「渡辺論文」の掲載誌名等及びタイトルは本文に含まない。以下同じ)16~19行目より引用。以下、この部分を「渡辺論文の引用部分4」と表記します)

「渡辺論文の引用部分4」を含む「渡辺論文」16頁本文13行目の「報告では」から同頁21行目までは、「渡辺論文」脚注70及び参考文献[01]に記載されているBaines,V.著「Online child sexual abuse:The law enforcement response」(2008年)という文献(以下、この文献を「Baines文献」と表記します。なお、「Baines文献」の記述を引用するときは略した表記をしない場合があります)の9頁から間接引用しているという体裁で記述されているところ、

原典である「Baines文献」は、「渡辺論文」参考文献[01]の記述によれば2014年6月12日時点ではhttp://resources.ecpat.net/worldcongressIII/PDF/Publications/ICT_Law/Thematic_Paper_ICTLAW_ENG.pdf(リンク切れ)に掲載されていたようですが、現在はリンク切れになっており、ECPAT Internationalホームページで検索してみると、

http://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTLAW_ENG.pdfに掲載されている文献と「Baines文献」は、タイトルが一致し、著者の名のイニシャル及び姓が一致し、作成年ないし発行年もhttp://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTLAW_ENG.pdfに掲載されている文献の1頁より前の頁番号が振られていない部分の最初の頁中の「25-28 November 2008」という記載等に照らせば一致し、URLも最後の「Thematic_Paper_ICTLAW_ENG.pdf」という部分が一致していることから、

「Baines文献」は、現在はhttp://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTLAW_ENG.pdfに掲載されていると考えられ、

以下では「Baines文献」とhttp://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTLAW_ENG.pdfに掲載されている文献は同一であるということを前提としますが、その1頁より前の頁番号が振られていない部分の3頁目における記載から「Baines文献」の著者はVictoria Baines氏のようですので著者名については以下そのように記述することとして、

その9頁を読んでみると、「渡辺論文の引用部分4」は、用いられている単語等から判断すると、

「The emerging issue for law enforcement, however, in terms of offending behaviour, is that of non-photographic material, eg the use of lolicon or shotacon hentai (Japanese cartoons or animation depicting the sexual abuse of young girls and young boys respectively),21」

(上記カギ括弧内はVictoria Baines著「Online child sexual abuse:The law enforcement response」9頁19~22行目より引用(空白行は行には数えない。以下同じ)。以下、この部分を「Baines文献の被引用部分4」と表記します)

という部分を間接引用しようとしたのではないかと思われるわけですが、この部分には注番号21が付されていますので、その内容を確認すると、

「21 Use of which was correctly predicted to rise by ECPAT International (2005) p.32.」(Victoria Baines著「Online child sexual abuse:The law enforcement response」47頁29行目を引用)と記載されており、

それを一応訳すと「21 その利用が増加するとECPAT International (2005)32頁によって正確に予測された」となると思いますが、ここでいう「ECPAT International (2005)」とは、「Baines文献」50頁以下の「Bibliography」のところを見ると、

「ECPAT International. Violence Against Children in Cyberspace, ECPAT International.Bangkok. 2005.」(Victoria Baines著「Online child sexual abuse:The law enforcement response」50頁13~14行目を引用)という文言で表されている文献のことであると思われ、この文献をECPAT Internationalホームページで検索してみると、

http://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Cyberspace_ENG_0.pdfに掲載されている文献のことであると思われ、その32頁の中で未来予測に関する部分は、

「The report expected the market for moe products to expand.」(Deborah Muir著「Violence against Children in Cyberspace」32頁右側21~22行目より引用。なお、この文献の著者名及びタイトルについては1頁より前の頁番号が振られていない部分の4頁目によります)という部分しかなく、これを一応訳すと「そのレポートは萌え製品に関する市場が拡大すると予想した」となると思いますが、

(そのレポートについてはDeborah Muir著「Violence against Children in Cyberspace」32頁及び脚注23を見てもタイトルが不明ですが、おそらくhttps://www.yokohama-ri.co.jp/html/report/pdf/pr050401.pdf

Deborah Muir著「Violence against Children in Cyberspace」32頁で予想されていたのは萌え製品に関する市場が拡大するということであるということを前提とし、かつ、「the market for moe products(books, images and games), which are related to anime and manga」(Deborah Muir著「Violence against Children in Cyberspace」32頁右側5~7行目より引用)等の記載も考慮して注21の文中の「Use of which」の意味を考えると、

この「Use of which」は、「use of lolicon or shotacon hentai(Japanese cartoons or animation depicting the sexual abuse of young girls and young boys respectively),21」(Victoria Baines著「Online child sexual abuse:The law enforcement response」9頁21~22行目より引用)を指すわけですが、

上記前提等から、ここでいう「use」とは「lolicon or shotacon hentai」を書籍やゲームに描くという利用ないし「lolicon or shotacon hentai」を描いた書籍やゲームを販売するという利用のことであると考えられます。

さて、ここで「渡辺論文の引用部分4」に話を戻しますが、「渡辺論文の引用部分4」は「性犯罪に使用されている」との文言を用いていますが、「Baines文献の被引用部分4」には「性犯罪に」を意味する語が存在せず、「Baines文献」9頁全体を見ても「Baines文献の被引用部分4」における「use」が「性犯罪に使用」という意味であるということを読み取れる記述は存在せず、

それどころか注21から参考文献までたどって行けば、上述したように「Baines文献の被引用部分4」における「use」とは「lolicon or shotacon hentai」を書籍やゲームに描くという利用ないし「lolicon or shotacon hentai」を描いた書籍やゲームを販売するという利用のことであると考えられるのであって、

「Baines文献の被引用部分4」における「use」に関して、「渡辺論文の引用部分4」は「Baines文献の被引用部分4」を含む「Baines文献」9頁には存在せず読み取ることもできない「性犯罪に」という文言を付加している疑いが濃いと言わざるを得ません。

なお、翻訳上の問題として、issueにはネット上で利用できる英英辞典、例えばhttps://en.oxforddictionaries.com/definition/issueによると「An important topic or problem for debate or discussion」などといった意味があり、https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/issueによると「a subject or problem that people are thinking and talking about」といった意味があり、https://www.merriam-webster.com/dictionary/issueによると「a matter that is in dispute between two or more parties」などといった意味があり、単なる「問題」というより議論等における問題点という感じであり日本語訳するなら「論点」などが妥当だと思います。

また、offendingにはhttps://en.oxforddictionaries.com/definition/offendingによると「Causing problems or displeasure」といった意味もあり、https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/offendingによると「unwanted, often because unpleasant and causing problems」といった意味もあり、日本語訳するなら「不快な」くらいの意味があります。

ところで、イギリスで非写真的なものが違法とされたのはCoroners and Justice Act 2009(2009年検死官及び司法法。非写真的なものの所持の犯罪化は62条以下。施行は2010年4月6日)からであり、「Baines文献」が書かれた2008年当時は「Baines文献」9頁28~35行目に記述されているように非写真的なものはイギリスでは違法ではなく、違法化について議論されていた段階だったと思われますし、

2009年検死官及び司法法62条により所持が規制された画像について、同条(2)は

「(2) A prohibited image is an image which—
(a) is pornographic,
(b) falls within subsection (6), and
(c) is grossly offensive, disgusting or otherwise of an obscene character.」

(上記カギ括弧内はhttp://www.legislation.gov.uk/ukpga/2009/25より引用)と規定していることも考慮すると(特に(c)の部分)、

「Baines文献の被引用部分4」の「issue」「offending behaviour」はそれぞれ「論点」「不快な行為」などと訳すのが妥当だと思います。

最後に「Baines文献」9頁4~22行目の質の問題ですが、「Baines文献」9頁はまず5~6行目でサイバー犯罪条約9条2項(c)に言及しており、それを読んだ後に「Baines文献」9頁19~22行目にある「Baines文献の被引用部分4」を読むと、「behaviour」「use」などといった単語からサイバー犯罪条約の注釈書英語版102段落後段の

「Paragraphs 2(b) and 2(c) aim at providing protection against behaviour that, while not necessarily creating harm to the 'child' depicted in the material, as there might not be a real child, might be used to encourage or seduce children into participating in such acts, and hence form part of a subculture favouring child abuse.」

(上記カギ括弧内はhttps://rm.coe.int/CoERMPublicCommonSearchServices/DisplayDCTMContent?documentId=09000016800cce5bより引用)を連想することがあるはずで、

(この注釈書英語版102段落後段は、要するにサイバー犯罪条約9条2項(b)及び(c)で言及されているものは性的行為に参加するよう児童を誘惑したりするのに使われるかもしれないということが規制理由であるということを述べています)

その結果、読み手が「Baines文献」9頁19~22行目にある「Baines文献の被引用部分4」の「use」とは性的行為に参加するよう児童を誘惑したりする(ために児童に見せる)という使用のことであろうと早とちりする可能性が当然に考えられます。

そのように読み手に早とちりさせるような構造になっているにもかかわらず、「Baines文献」9頁及び注21では「use」とは具体的にどのような「use」なのかを明記せず注から参考文献をたどって行かないとわからないようになっており、少なくとも読み手に内容を正確に伝えようとしているとは言えない記述であるといわざるを得ません。

論文批判その3の3(草稿)。

論文批判その3の2に続き、

渡辺真由子著「子どもポルノをめぐる国際動向と人権」(以下、「渡辺論文」というときはこの論文を指します。なお、「渡辺論文」の記述を引用するときは略した表記をしない場合があります)

における引用に関する問題点について批判を書こうと思います。今回は以下の5点に関して書こうと思いますが、明白な誤訳や妥当とは言い難い訳などであってもそれほど重要ではないものについては別の機会にし、今回は重要な内容かつ引用されている原典の内容と明らかに異なるという疑いのある部分について書こうと思います。

①引用して利用する文献の質の問題。
②間接引用する際の要約や言い換えが原典の内容に忠実なものであるかという問題。
③外国語で書かれている文献を翻訳して引用する際の翻訳が妥当なものであるかという問題。
④出所の明示が適切なものであるかという問題。
⑤その他の問題。

(1)引用されている原典の内容と明らかに異なるという疑いがある部分その1。

「オーストラリア連邦警察による調査結果(2008年)が紹介された。それによれば、同国における子どもへの性犯罪50件の内10件で、加害者が子どもの性搾取的な素材を所有していたことが明らかになり、その大半は日本製の漫画だったという。」

(上記カギ括弧内は渡辺真由子著「子どもポルノをめぐる国際動向と人権」15頁本文(空白行や各頁上部にある「渡辺論文」の掲載誌名等及びタイトルは本文に含まない。以下同じ)33行目から16頁本文3行目までより引用。以下、この部分を「渡辺論文の引用部分3」と表記します)

まず、「渡辺論文の引用部分3」は出所の明示という点で問題がないとはいえないということを書いておきます。

「渡辺論文」内で他の文献が間接引用されているとき、「渡辺論文」の具体的にどの部分が他の文献から間接引用した部分なのかが明確とは言えない場合があり、

脚注番号69が付されている「渡辺論文」16頁本文7~10行目に関しては、同頁本文7~9行目のカギ括弧内の記述が「渡辺論文」脚注69及び参考文献[06]に記載されているDr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer著「CHILD PORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」(2008年)という文献(以下、この文献を「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」と表記します。ただし、この文献の記述を引用するときは略した表記をしない場合があります)の17~20頁からの直接引用であるということが表示されていると言えるものの(ただし、別の大問題があることについて論文批判その3の2)、

「渡辺論文」16頁本文7~10行目までとは段落すら異なる「渡辺論文の引用部分3」は、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」17~20頁からの間接引用であるということが明示されているとは言い難く、

せめて段落ごとに、この段落の記述については「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」の何頁何~何行目からの引用であるということを明示すべきだと思います。

さて、「渡辺論文の引用部分3」は「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」17~20頁から間接引用されたものであるということが明示されているとは言い難いものの、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」17~20頁から間接引用されたものであるということが読み取れなくもないとして話を進めますが、

論文批判その3の2で記述したように、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」は現在はhttp://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTPsy_ENG.pdfに掲載されていると考えられるところ、

その17~20頁を読んでみたとき、「渡辺論文の引用部分3」は用いられている単語等から判断すると、

「In the report by Baartz (2008) of Australian offenders,investigators gave detailed responses to the child exploitation material found in 10 of the 50 cases identifed. One such investigator reported, “A vast majority of the collection were cartoon drawings from Japan.」

(上記カギ括弧内はDr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer著「CHILD PORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」19頁30~33行目より引用(以下、この部分を「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」と表記します)。「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」のうち「One such investigator」の報告部分は「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」106頁に参考文献として挙げられているBaartz, D著「Australians, the Internet and technology-enabled child sex abuse: A statistical profile」(以下、この文献を「Baartz調査」と表記します)の24頁からの直接引用という体裁で記述されています。なお、「One such investigator」の報告は「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の後にもう少し続きますがこの記事では特に引用する必要がないため途中までしか引用しません)

という部分を間接引用しようとしたのではないかと思われるわけですが、

https://aifs.gov.au/our-work/resources/aifs-libraryというページの「online library catalogue」という部分をクリックして飛んだページで「the Internet and technology」と入力して検索すると出てくるページの「Baartz調査」に関する部分には、他のページにリンクが張ってある「URL」という文字が存在しませんので、おそらく「Baartz調査」はインターネット上では公開されていないと思います。)

この「Baartz調査」は「渡辺論文」の参考文献には記載されていないことから、「渡辺論文の引用部分3」は、「Baartz調査」の内容を直接確認したわけではなく、「Baartz調査」の内容を参照・引用している「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」からの孫引きと思われ、しかも「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」は「One such investigator」の報告部分だけは直接引用ですがその他の部分は直接引用ではなく、「渡辺論文の引用部分3」はそれを翻訳したうえでの間接引用ですので、

そのような形式面だけ見ても、「渡辺論文の引用部分3」は大元の文献である「Baartz調査」の内容を正確に反映しているのか非常に疑問ですが、それはとりあえずおいて、以下では「渡辺論文の引用部分3」は「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の内容と一致しているかという点だけを検証することにします。

なお、具体的な検証に入る前に書いておきますが、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」の「Baartz調査」の内容に関する記述は、詳しい情報や説明等が別の離れた場所で後出しされていたり、広い意味を持つため具体的には何を意味しているのかはっきりしない語を用いていたり、文脈から切り離して直接引用しているため具体的に何を指しているのかわからなくなっている語があったり、データがどのように扱われたのか不明だったりするなど、質に非常に問題のある資料であり、たとえ大元の文献である「Baartz調査」が入手できなかったとしても「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」を情報源として孫引きすること自体が問題であると言わざるを得ないということをあらかじめ指摘しておきます。

(2の1)「渡辺論文の引用部分3」と「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の内容が明らかに異なるという疑いがあることについてその1。

「渡辺論文の引用部分3」は「子どもへの性犯罪」「加害者」という文言を用いているところ、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の中でそれに近い意味もしくは関連性を持つ語は「offenders」のみです。

offendersという英単語はoffenderの複数形であり、offenderにはネット上で利用できる英英辞典、例えばhttps://en.oxforddictionaries.com/definition/offenderによると「A person who commits an illegal act.」などといった意味があり、https://www.merriam-webster.com/thesaurus/offenderによると「a person who has committed a crime」といった意味があり、https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/offenderによると「a person who is guilty of a crime」といった意味があり、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」では「investigator」(文脈的には「捜査官」)という語も用いられていることをあわせ考慮すると、ここでは「犯罪者たち」「違法な行為(刑罰法規に違反する行為)をした者たち」といった意味であると思われるわけですが、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」を含む「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」17~20頁には、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の「offenders」がどのような刑罰法規に違反した者たちであるかについては明示されておらず、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の「offenders」がどのような行為を行ったかについても「cartoon drawings」を収集していた事例が存在するということ以外は記述されていません。

ところで、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」は19頁30~37行目のほか、「渡辺論文」脚注69の記載には含まれていない30頁9行目から31頁12行目(30~31頁表3の部分を含む。ただし、空白行や30~31頁表3の部分は行には数えない。以下同じ)や37頁7~11行目などでも「Baartz調査」の内容について記述しており、

30頁9行目から31頁12行目及び37頁7~11行目の記述とも照らし合わせて「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の内容を考えると、

まず、「Baartz調査」の内容について記述する「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」内の「Australian offenders」については、別の離れた場所に記述されている

「Baartz’s (2008) study of Australian Internet sex offenders」(Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer著「CHILD PORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」30頁9行目より引用)との記述から、インターネット及び性に関連のある犯罪構成要件を持つ刑罰法規に違反した者たちであることは明らかであり、

その記述から始まる「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30頁9行目から31頁11行目の記述に照らせば、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の「Australian offenders」ないし「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30頁9行目の「Australian Internet sex offenders」とは、オーストラリアにおいて児童や若い人間の性的な画像(これにはcartoonないしcartoon drawingsが含まれる)をインターネットを利用して収集・取得した者たちのことであると考えられます。

なお、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」37頁7~9行目の記述に照らせば、「Baartz調査」は2005年3月1日以降に行われたものであることがうかがわれ、2005年3月1日時点でオーストラリアの連邦刑法(Criminal Code Act 1995。以下、単に「連邦刑法」というときはこの法律を指します)には、

「child pornography material」に「access」(アクセスする。以下、連邦刑法中の動詞「access」については定義規定に言及する場合を除いて「アクセスする」という語で表記します)ために「carriage service」を利用することを犯罪とする474.19条及び「child abuse material」にアクセスするために「carriage service」を利用することを犯罪とする474.22条が存在し(当時の条文についてはhttps://www.legislation.gov.au/Details/C2005C00107参照)、

474.19条及び474.22条がいうところの「access」「child pornography material」「child abuse material」については473.1条の中に定義が存在し、「carriage service」については連邦刑法の末尾の「Dictionary」の中に定義が存在します。

連邦刑法473.1条における定義上、18歳未満の人間(person who is under 18 years of age)を描写しているものだけでなく、18歳未満であるように見える人間(person who appears to be under 18 years of age)や18歳未満であるように見える人間の表現(representation of a person who appears to be under 18 years of age)を描写しているものも「child pornography material」や「child abuse material」に該当し得ることが明らかであり、

(「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30頁10行目の「young people」は、おそらく18歳未満であるように見える人間のこと。)

さらに、2004年の法改正時のExplanatory Memorandumには、

「Child abuse material is defined to cover material that depicts or describes a person who is under 18, or who appears or is implied to be under 18, as a victim of torture, cruelty or physical abuse, and does so in a way that reasonable persons would regard as being, in all the circumstances, offensive. Paragraph (a) of the definition deals with ‘depictions’ and is intended to cover all visual images, both still and motion, including representations of children, such as cartoons or animation.」

「Child pornography material is defined to cover a range of material including that which depicts or describes persons under 18 engaged in a sexual pose or sexual activity, or in the presence of a person who is engaged in a sexual pose or sexual activity. The definition also covers material the dominant characteristic of which depicts for a sexual purpose the sexual organs, the anal region or the breasts (in the case of a female) of a person who is under 18. Paragraphs (a) and (b) of the definition deal with ‘depictions’ and are intended to cover all visual images, both still and motion, including representations of children, such as cartoons or animation.」

との記載がそれぞれ存在することから、2005年3月1日から2006年の間には「child pornography material」及び「child abuse material」の定義におけるmaterial that depicts a representation of a personについては(描かれているキャラクターは非写実的であることが通常である)漫画・アニメを含むものとして解釈・運用されていたと考えられます。

(その後、ニューサウスウェールズ州最高裁2008年12月8日判決が出るわけですが、それはまた別の話。

なお、法律より優越する効力を有する基本法のうちの1つである統治法2章1条1項1号及び2号で表現の自由及び情報の自由(日本でいうところの知る自由)が保障されているスウェーデンや、表現の自由を保障する日本国憲法21条及びその解釈(最高裁昭和58年6月22日判決・ 民集37巻5号793頁最高裁平成元年3月8日判決・民集43巻2号89頁)により知る自由が保障されている日本や、同じく表現の自由を保障するアメリカ合衆国憲法修正1条及び修正14条並びにそれらの解釈(アメリカ連邦最高裁1943年5月3日判決アメリカ連邦最高裁1965年5月24日判決アメリカ連邦最高裁1976年5月24日判決など)によりとして知る自由が保障されているアメリカなどとは異なり、オーストラリア連邦憲法には包括的な表現の自由・知る自由を保障する条項は存在しません。

部分的には、信教の自由を保障するオーストラリア連邦憲法116条により宗教活動としての表現は保護されていると思いますし、オーストラリア高等裁判所と呼ばれる連邦最高裁の判例上(例えばhttp://eresources.hcourt.gov.au/showbyHandle/1/8968とかhttp://eresources.hcourt.gov.au/showbyHandle/1/8896とかhttp://eresources.hcourt.gov.au/showbyHandle/1/11849とかhttp://eresources.hcourt.gov.au/downloadPdf/2017/HCA/43とか)、オーストラリア連邦憲法は政治的コミュニケーションの自由を保障していると解釈されているため政治的コミュニケーションについても保護されていますが、宗教性も政治性もない表現については保護されていないと思います。

また、条約が法律より優越する効力を有する旨を憲法が明記している国もありますが、オーストラリア連邦憲法にはそのような条項は見あたりません。)

また、「carriage service」については「carriage service has the same meaning as in the Telecommunications Act 1997.」(https://www.legislation.gov.au/Details/C2005C00107より引用)と定義されており、2005年1月1日及び同年3月3日時点で「Telecommunications Act 1997」には

「7  Definitions
    In this Act, unless the contrary intention appears:」(中略)
「carriage service means a service for carrying communications by means of guided and/or unguided electromagnetic energy.」

との規定が存在し(上記2つのカギ括弧内はhttps://www.legislation.gov.au/Details/C2005C00001より引用。2005年3月3日時点のものはhttps://www.legislation.gov.au/Details/C2005C00159)、この規定に照らせばインターネットを利用して画像を送受信する(ことができるようにする)サービスは「carriage service」に含まれるものと思われることから、

オーストラリアでは遅くとも2005年3月1日以降は、連邦刑法が定義するところの「child pornography material」または「child abuse material」にアクセスするためにインターネットを利用する行為は連邦刑法474.19条(1)または474.22条(1)に該当する犯罪になると考えられます。

したがって、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30頁9行目から31頁11行目の記述と照らし合わせれば、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の「Australian offenders」は「オーストラリアの犯罪者たち」という意味と考えられ、どのような犯罪者たちであるかについては、「child pornography material」にアクセスするためにインターネットを利用するということを犯罪構成要件とする連邦刑法474.19条(1)に違反した者たちであると考えられます。

ところで、「Baartz調査」が扱っている事件の件数は、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」内の「the 50 cases identifed」との記述や「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」37頁9行目の「50 in total」との記述及び「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30~31頁表3の「Number」欄の数字と「Percentage」欄の数字の関係から全50件であることは明白であるところ、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30~31頁表3の「Activity」欄のうちの「Explicitly harmful acts or actions (e.g. physical violence,torture, bondage etc.).」という項目に関する「Number」欄に記載されている「13」という数字等に照らせば、「Baartz調査」が扱っている全50件の事件のうちの一部の事件の「Australian offenders」は「child abuse material」にアクセスするためにインターネットを利用することを犯罪構成要件とする連邦刑法474.22条(1)にも違反した者たちであると考えられます。

(件数については最小13件。これに「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30~31頁表3の「Activity」欄のうち内容のよくわからない「Dehumanising and degrading activities (e.g. use of urine and excrement, extreme close-ups etc.).」という項目及び「Physical and/or verbal expression of fear and/or distress.」という項目に関する「Number」欄に記載されている数字をすべて足せば最大28件)。

(なお、連邦刑法には2005年時点のものにも2018年11月現在のものにも、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」で用いられている「child exploitation material」という語は見あたりませんが、おそらく連邦刑法が定義するところの「child pornography material」及び「child abuse material」の両方を含むものとして用いたのではないかと思います。)

さらに、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の「Australian offenders」が連邦刑法474.19条(1)または474.22条(1)に該当する行為以外の犯罪を行ったかについては、

「Some of them have a history of prior offending,」(Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer著「CHILD PORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」31頁5行目より引用)との記述から、その者たちの一部には犯罪歴があることがうかがわれますが、この犯罪歴がどのような犯罪によるものであるかは「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」17~20頁及び30頁9行目から31頁11行目には記述がありません。

「Baartz調査」の内容について記述している「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」37頁7~11行目には、「14% were apprehended for online grooming」(Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer著「CHILD PORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」37頁10~11行目より引用)との記述があり、それによれば全50件のうちの14%に当たる7件については「online grooming」(おそらく連邦刑法474.27条が規定する行為)を理由として逮捕されているわけですが、これと前述した「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」31頁5行目が言うところの「history of prior offending」との関係ははっきりしません。

また、「Baartz調査」の内容について言及している「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30頁9行目から31頁11行目の直後に、「Here we examine what is known about people who commit sexual offences against children」(Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer著「CHILD PORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」31頁12行目より引用)との記述があるわけですが、ここでいう「sexual offences against children」とは具体的にはどのような犯罪なのかが不明確で、

上述のように「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の「Australian offenders」とは、オーストラリアにおいて「child pornography material」にアクセスするためにインターネットを利用することを犯罪構成要件とする連邦刑法474.19条(1)に違反した者たちであると考えられるところ(このうち一部の者については474.22条(1)やおそらく474.27条にも違反)、

「child pornography material」にアクセスする(連邦刑法における「access」の定義ではコンピューターのディスプレイに「child pornography material」を表示することが含まれる)ためにインターネットを利用したならば、ほぼ必然的に「child pornography material」を見ていると考えられ(「child pornography material」にアクセスするためにインターネットを利用したがディスプレイに表示された「child pornography material」を見ていないということは理論上は有り得るものの現実的にはまず考えられません)、

「child pornography material」にアクセスするためにインターネットを利用するという行為と(それによってディスプレイに表示された)「child pornography material」を見るという行為はほぼ重なる極めて密接に関連する行為であるところ、

「viewing illegal images and the risk of further offences against children」(Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer著「CHILD PORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」36頁6~7行目より引用)との記述から、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」では(childに関する)違法な画像を見ることは「offences against children」に含まれるということを前提としていることは明白であり、

したがって、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」31頁12行目がいうところの「sexual offences against children」とは、児童を相手方として性的行為を行うといった犯罪に限定されるような狭い概念ではなく(児童及び性に関する要素のある)違法な画像を見るという行為も含まれるような広い概念であることは明らかであり、

また、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」20頁36~38行目の記述から、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」の著者らは「virtual」であるものも含めてchild pornographyの所持などは「against all children」であると認識しているということも明らかであり、

それらを前提とすると、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」31頁12行目では、virtualであるものも含む「child pornography material」にアクセスするためにインターネットを利用したという犯罪を指すものとして「sexual offences against children」という語を用いた可能性が考えられ、

また、virtualであるものも含む「child pornography material」にアクセスするためにインターネットを利用したという犯罪及び「online grooming」(おそらく連邦刑法474.27条が規定する犯罪)の2つを表すためにそれらを包括する語と言えなくもない「sexual offences against children」という語を用いた可能性も考えられ、

少なくともそれらの可能性を排除できず、そのような可能性が排除されない以上、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」31頁12行目の「sexual offences against children」という語で表されている犯罪が、オーストラリアにおいてvirtualであるものも含む「child pornography material」にアクセスするためにインターネットを利用したという犯罪や「online grooming」(おそらく連邦刑法474.27条が規定する犯罪)とは別の犯罪であると断定することはできません。

別の犯罪であると解釈する余地が存在しないとは言いませんが、別の犯罪であると解釈することが妥当であるとする根拠は「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」には見あたらないと思います。

さて、以上のように「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の「Australian offenders」とは、具体的にはオーストラリアにおいて「child pornography material」にアクセスするためにインターネットを利用することを犯罪構成要件とする連邦刑法474.19条(1)に違反した者たちであると考えられ、このうち一部の者(最小13件・最大28件)についてはオーストラリアにおいて「child abuse material」にアクセスするためにインターネットを利用することを犯罪構成要件とする連邦刑法474.22条(1)にも違反した者と考えられ、また、一部の者(7件)については連邦刑法474.27条にも違反した可能性があり、

それら以外の犯罪を行ったかどうかについては、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」19頁30~37行目、30頁9行目から31頁11行目、37頁7~11行目には記述されておらず、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」31頁12行目についてもそれら以外の犯罪を指していると断定できるものではありません(それら以外の犯罪を指していると解釈する合理的な根拠もないと思います)。

さて、ここで「渡辺論文の引用部分3」に話を戻しますが、「渡辺論文の引用部分3」では「子どもへの性犯罪」「加害者」という語が用いられているところ、これらは「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の記述と一致しているとは言えず少なくとも明らかに不適切です。

まず、「加害者」という語についてですが、加害者という日本語は他者に害を加えた者を意味します(言うまでもないと思いますが他者に害を将来加えるかもしれない者という意味は含まれません)。

一方、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」で用いられている「offenders」という英単語は「犯罪者たち」「違法な行為(刑罰法規に違反する行為)をした者たち」といった意味であり、他者に害を加えた者であるか否かは無関係です。

したがって、「offenders」を「加害者」という語で表すことはこの時点で少なくとも不適切であり、さらに、具体的な文脈を考慮したときに「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の「offenders」を「加害者」という語で表しても問題にならないかということを検討しても、

「Baartz調査」の内容について記述している「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」19頁30~37行目及び30~31頁表3及び30頁9行目によれば、「Baartz調査」が扱っている全50件のうちの1件でoffenderが近親姦などの性行為等が描かれている「cartoon drawings」を収集・取得していたことが明らかであり犯罪にインターネットを利用していたことも明らかですが、

この1件のoffenderが収集・取得していた「cartoon drawings」のうちに実在する人間を描写したものが存在したという旨の記述は「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」には見あたらず(むしろcartoonである以上、実在する人間ではなく想像上の実在しないキャラクターを描いたものである可能性が高いと考えるのが自然です)、

性行為等を行う実在する人間が描写されている画像(連邦刑法473.1条が定義するところの「child pornography material」に該当するものに限る)を収集・取得する行為については、ほとんどの場合においてその描写されている実在する人間のプライバシー(私事をみだりに開示されない利益)を侵害するとは言えるとしても、

近親姦などの性行為等を行う想像上の実在しないキャラクターが描かれているcartoon drawingsをインターネットを利用して収集・取得したというだけでは、他者に害を加えたとは言えません。

(他の人間が誰も存在しない場所で近親姦などの性行為等を行う想像上の実在しないキャラクターが描かれているcartoon drawingsをインターネットを利用して収集・取得する行為は、他の人間の生命・身体にも精神にも何ら干渉しない行為であり、他者に害が発生するということはありえません。行為時に他の人間が当該行為を認識できる場所に存在したならば当該人間の精神に何らかの影響がありえると言うことは可能ですが、「Baartz調査」が扱っているその1件について、行為時に他の人間が当該行為を認識できる場所に存在したという記述は「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」には見あたりません。)

また、この1件のoffenderが「cartoon drawings」をオーストラリアにおいてインターネットを利用して収集・取得したという行為以外の(childに関連のある)行為を行ったということを断定できる記述も「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」には見あたりません。

以上のように、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」にはこの1件のoffenderが他者に害を加えた者であるとの記述は見あたらないのであり、少なくとも「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」の記述からはこの1件のoffenderが他者に害を加えたか否かは不明というほかないのであって、少なくともこの1件のoffenderについて「加害者」という語で表すことは原典の内容と一致するとは言えず少なくとも不適切です。

なお、言うまでもないと思いますが、「加害者であるかもしれない者」という日本語と「加害者」という日本語は完全に意味が異なります。

次に、「子どもへの性犯罪」という語についてですが、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」で用いられている「offenders」は文脈(特に「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」内の「investigators」という語)を考慮すれば「犯罪者たち」という意味であると解することが十分に可能ですので「犯罪」という部分については問題ないとして、

「子どもへの」及び「性」という部分については「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」に存在しない記述であり、

「渡辺論文」脚注69に記載されている「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」17~20頁にも「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」内の「offenders」が行った犯罪が「子どもへの性犯罪」である旨の記述は存在せず、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」のうち「渡辺論文」脚注69の記載に含まれていない部分も考慮すれば、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30頁9行目の「Internet sex offenders」との記述から「性」という部分については原典と一致していたことになりますが、同じ場所に記述されている「Internet」という部分が落ちている点で原典の内容と一致しません。

また、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」31頁12行目には「sexual offences against children」という記述がありますが、まず、"への"という日本語と"against"という英語は意味が異なります。

"への"という日本語は、「の」は前の語が後ろの名詞を修飾しているということを示す助詞であり、「へ」は動作の向けられた方向もしくは動作の対象・相手方を示す助詞です。

「友人への贈り物」といった語を思い浮かべてもらえばなんとなくわかると思いますが、このような場合は「への」の後ろの語に含まれている動作(この例では「贈る」)の対象・相手方が「への」の前の人間(この例では「友人」)であることを示しています。

一方、"against"という英語は対抗・対立を表す前置詞であって、動作の向けられた方向もしくは動作の相手方を示すとは限りません。

あまり良い例が思いつきませんが、アメリカ合衆国憲法修正5条の中の「nor shall be compelled in any criminal case to be a witness against himself」という部分で用いられているagainstについて考えると、そもそも刑事事件における証人になるという動作は動作の対象・相手方が存在しませんし、

例えば「He witnessed against the accused.」という文で用いられているagainstについて考えると、(被告人に不利な)証言をするという動作の対象・相手方は裁判所において事実認定権限を有する者であって「the accused」が動作の対象・相手方ではありません。

つまり、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」31頁12行目で用いられている「sexual offences against children」という語については、「sexual offences」という語で表される具体的な動作の対象・相手方が「children」であるとは限らず、何らかの意味・形で「children」にとって不利であると「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」の著者らが考える「sexual offences」であるという可能性があります。

よって、「渡辺論文の引用部分3」の「子どもへの性犯罪」という語は原典の内容と一致しているとは言えず不適切です。

さらに、「渡辺論文の引用部分3」の「子どもへの性犯罪」という語は、それが具体的にどのような性犯罪を指しているのか不明確ですが、「への」という語から「子ども」が動作の相手方であると読み手に認識されるとともに「加害者」という語ともあいまって、少なからぬ読み手にここでいう「子どもへの性犯罪」とは実在する児童を相手方として性的行為を行うといった性犯罪のことであるかのように認識させると思われ、さらに、そのような性犯罪のことではなさそうであると読み手に思わせる記述(打ち消し的な記述)は「渡辺論文」内には見あたりません。

一方、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」31頁12行目の「sexual offences against children」という語も、それが具体的にどのような性犯罪を指しているのか不明確ですが、上述したように「against children」という文言からは「sexual offences」という語が表している具体的な動作の対象・相手方が「children」であるとは言えず、

しかも、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」20頁36~38行目には、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」の著者らは「virtual」であるchild pornographyの所持という実在する児童が一切関わらない行為についても「against all children」であると認識していると読み手に認識させる記述があることから、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」31頁12行目の「sexual offences against children」とは、実在する児童が一切関わらない性犯罪を含むものであるかもしれないと読み手に一応認識させ得る記述があると言え、

また、上述したように「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」36頁6~7行目には、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」では(childに関する)違法な画像を見ることは「offences against children」に含まれるということを前提としていると読み手に認識させる記述があることから、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」31頁12行目の「sexual offences against children」とは、実在する児童の身体(身体そのもののこと。身体を描写した画像は含まれない)を動作の対象とする性犯罪のことではないかもしれないと読み手に一応認識させ得る記述があると言え、

さらに、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」内の「Baartz調査」の内容について言及している部分はすべて総合すると、上述したように「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」31頁12行目の「sexual offences against children」とはvirtualであるものも含む「child pornography material」にアクセスするためにインターネットを利用したという犯罪を指す可能性があると認識させるのであり、

以上のように、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」31頁12行目の「sexual offences against children」という語も、それが具体的にどのような性犯罪を指しているのか不明確であるとはいえ、実在する児童を相手方として性的行為を行うといった性犯罪のことではないかもしれないと読み手に一応認識させ得る記述も存在するのであり、

そういう意味でも、「渡辺論文の引用部分3」は原典の内容と一致しているとは言えません。

(実在する児童を相手方として性的行為を行うという性犯罪のことではないかもしれないと読み手に一応認識させ得る記述も存在するとはいえ、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」31頁12行目の「sexual offences against children」という語が具体的にどのような性犯罪を指しているのか不明確であることは間違いないのであり、事実の記述に際してそのような不明確な語を用いている「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」も決して褒められたものではないということをあらためて明記しておきます。)

(2の2)「渡辺論文の引用部分3」と「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の内容が明らかに異なるという疑いがあることについてその2。

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」1文目主節は「10 of the 50 cases identifed」という文言を用いており、特定の50件のうちの10件に関する言及であることが明らかですが、

「渡辺論文の引用部分3」2文目は単に「50件の内10件」と記述しており、特定の50件(のうちの10件)であるということを示す文言が無いという点で「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」と内容が一致しているとは言えませんが、全50件のうちの10件という趣旨であると認識させ得るものであるということを前提として話を進めますが、

「渡辺論文の引用部分3」は、(全)50件のうち10件以外では加害者が子どもの性搾取的な素材を所有していなかったということを含意しますが、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」は、特定の50件のうちの10件を除く残りの40件に関し、残りの40件(のうちの全部または一部)でも「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」がいうところの「child exploitation material」は発見されたがそれについては捜査官たちは詳細な回答はしなかった(詳細でない回答しかしなかった)のか、残りの40件では「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」がいうところの「child exploitation material」は発見されなかったのかはっきりしません。

この時点で、「渡辺論文の引用部分3」は「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の内容と一致しているとは言えませんし、さらに、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30頁9~12行目及び同30~31頁表3によれば、「Baartz調査」が扱っている特定の50件の事件のうち38件で児童または若い人間(young people)のあからさまに性的な行為を描写した画像が取得されていたのであり、

若い人間のみを描写した画像は「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」がいうところの「child exploitation material」には該当しないという論理もあり得なくはないですが、

「The data from Baartz (2008) describing the gender, ethnicity and age of the victims portrayed in the images examined by investigators would also suggest that they were mostly white, westernised females, aged between 8 and 12 years.」(Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer著「CHILD PORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」41頁18~21行目より引用)との記述によれば、「Baartz調査」が扱っている事件に関する画像に描写されていた人間の年齢は大部分が8~12歳であったようですので、

これらの点を考慮すれば、「Baartz調査」が扱っている特定された50件のうち捜査官たちが詳細な回答をした10件を除く残りの40件については、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」がいうところの「child exploitation material」は発見されなかったのではなく、残りの40件(のうちの少なくとも一部)でも「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」がいうところの「child exploitation material」は発見されたがそれについては捜査官たちは詳細な回答はしなかった(詳細でない回答しかしなかった)と考えるのが明らかに妥当です。

したがって、この部分についても「渡辺論文の引用部分3」は原典の内容と一致しているとは言えません。

(2の3)「渡辺論文の引用部分3」と「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の内容が明らかに異なるという疑いがあることについてその3。

まず、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」のうちの「“A vast majority of the collection were cartoon drawings from Japan.」という部分は「One such investigator」の報告であることが明白ですが、

「渡辺論文の引用部分3」のうちの「その大半は日本製の漫画だったという。」という部分は、なぜか「渡辺論文の引用部分3」の直後である「渡辺論文」16頁本文3~6行目に記述されている「調査担当者」(おそらく「One such investigator」の訳。後述しますがこの訳は明らかに不適切)が述べたとされる内容から切り離されており、

そのため「One such investigator」の報告であるということが明白でなくなっているばかりか、文脈的には「One such investigator」の報告ではなく「オーストラリア連邦警察による調査結果(2008年)」の著者による言及であるように読めるものとなっており明らかに不適切です。

(上述したように「渡辺論文」16頁本文6行目の「調査担当者」とは「One such investigator」の訳だと思うのですが、「One such」の部分が抜けているという点でも原典と一致せず、さらに「オーストラリア連邦警察による調査結果(2008年)」との文言との関連から「調査担当者」とは「オーストラリア連邦警察による調査結果(2008年)」の著者のことであると読み手に認識させる可能性が相当にあるわけですが、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」には「Debbie Baartz,Intelligence Analyst with the Australian Federal Police」(Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer著「CHILD PORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」1頁より前の頁番号が振られていない部分の8頁目16~17行目より引用)との記述があり、

この記述に照らせば、「渡辺論文」において「オーストラリア連邦警察による調査結果(2008年)」という文言で表されている「Baartz調査」の著者であるBaartz, D氏はオーストラリア連邦警察の「Intelligence Analyst」(情報分析官)であると思われるところ、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の「investigators」は個々の事件の捜査を担当した人物たちのように思えますが、「Intelligence Analyst」(情報分析官)という肩書は個々の事件の捜査に当たる役職のものとは思えませんし(多数の事件から得られた情報を分析して仮説を立てたりそれを検証したりする役職のように思えます)、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」では「investigators」「One such investigator」という「Intelligence Analyst」とは異なる文言が用いられていることも軽視できませんので、それだけでもBaartz, D氏と「One such investigator」は別人であると考えられるのであり、

したがって、「Baartz調査」の著者であるBaartz, D氏と「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の「One such investigator」が同一人物であると思わせるような訳をするのは明らかに不適切です。)

そして、「渡辺論文の引用部分3」は「その大半」という語を用いており、これは文脈的に、(全)50件のうちの10件で加害者が所有していた子どもの性搾取的な素材の大半という趣旨であると読み手に認識されるものであると思いますが、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」において「Baartz調査」24頁からの直接引用という体裁で記述されている部分の「A vast majority of the collection」のうちの「the collection」が何を指しているのかは「Baartz調査」を読んで文脈等を確認しなければわからないと読み手に認識されるものであり、

(the+普通名詞は、それが指しているものは文脈等から明らかであることが通常ですが、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」のうちの「the collection」は「Baartz調査」24頁から直接引用されている文の中にあるということに注意が必要で、

この「the collection」が指しているものは「Baartz調査」24項もしくはその少し前の部分全体を読めば文脈等から明らかであるはずですが、全体から一部分だけが直接引用されることにより文脈から切り離されればそれが何を指しているかは明らかではなくなるのであり、「the collection」という語が何を指しているのか明らかではなくなっていても直接引用する際に文言を改変することはできませんので「the collection」という語がそのまま使われることになります。)

この部分についても「渡辺論文の引用部分3」は「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の内容と一致しているとは言えません。

ところで、collectionという語は単数形であるところ、複数の事件における別々の人間によるcollectionはそれぞれ別個のまとまりと考えられ、それら別個のcollectionのうちの1つではなく2つ以上について言及するのであれば複数形であるcollectionsという語を用いて表しそうなものですので、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」が直接引用している部分の「the collection」は1つの事件における収集物を指していると考えるのが妥当ではないかと思います。

なお、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」の1文目の主語は複数形である「investigators」、2文目の主節の主語は単数形である「One such investigator」であり、「One such investigator」が特定の50件のうち捜査官たちが詳細な回答をした10件のうちの少なくとも1件を担当していたことは確実として、「One such investigator」が特定の50件のうち1件のみを担当し残りについては他のinvestigatorのみが担当したという可能性が残りますので、「One such investigator」が特定の50件のうち2件以上を担当していたか否かは不明です。

また、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30~31頁表3の「Other (e.g. cartoons).」という項目の「Number」欄に記載されている数字は「1」であることから、「Baartz調査」が扱っている特定された50件の事件のうちcartoonが取得されていた事件は1件は存在するとして、その1件だけだったかについてはデータがどのように扱われたのかがはっきりないしないため断定はできませんが、以下のとおり、おそらくその1件のみであったと考えるのが明らかに妥当です。

そもそも、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30~31頁表3は「Activity」欄に「Other (e.g. cartoons).」という項目が説明もなしに混ざっていること自体が理解しがたいのですが、それはいったんおいて、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」19頁32~37行目において直接引用されている報告の内容によれば、「Baartz調査」が扱っている特定の50件の事件の内にbondageを内容とするcartoonやincestを内容とするcartoonが収集されていた事件が存在することになりますが、

このような、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30~31頁表3の「Activity」欄に記載されている項目のうちの複数に該当すると思われる画像を1つの事件のoffenderが取得していた場合(1枚の画像の内容が複数の項目に該当する場合や複数枚の画像が取得されていたため複数の項目に該当する場合)、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30~31頁表3の「Activity」欄に記載されている項目のうちのどの項目の「Number」欄の数字に計上されたかが明記されておらず、例えば上記のようなincestを内容とするcartoonが取得されていた事件では「Incest or implied incest.」欄及び「Other (e.g. cartoons).」にそれぞれ計上されたのかそのうちのいずれかに計上されたのかがはっきりしません。

ただ、どの項目の「Number」欄の数字に計上されたかを一応推測させる材料がまったくないわけでもなく、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30~31頁表3の「Percentage」欄に記載されている数字は上から2番目までのものを足すだけでも100を超えることから、1つの事件においてoffenderによって取得されていた画像の内容が「Activity」欄に記載されている項目のうちの複数に該当する場合は複数の項目それぞれの「Number」欄の数字に計上したと考えられ、

それを前提とすると、例えば上記のようなincestを内容とするcartoonが取得されていた事件では「Incest or implied incest.」欄及び「Other (e.g. cartoons).」にそれぞれ計上されたと考えるのが自然です。

ただ、「Other (e.g. cartoons).」という文言は、「cartoons」は「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30~31頁表3の「Activity」欄に記載されている項目のうち「Other (e.g. cartoons).」という項目以外には該当しないということを前提としているように読めなくもなく、

仮にそうだったとすると、上記のようなincestを内容とするcartoonが取得されていた事件では「Other (e.g. cartoons).」欄の数字にのみ計上され「Incest or implied incest.」欄の数字には計上されなかったということになります。

この場合、「Activity」という文言は、実在する人間による行為という意味であると限定的に考え、「cartoons」については実在する人間による行為が描かれていないため「Activity」欄に記載されている項目のうち「Other (e.g. cartoons).」以外には該当しないという意味であると考えることになります。

上記2つの可能性については、そのいずれであるにしても「Baartz調査」が扱っている特定の50件の事件のうちcartoonが発見された事件は1件のみということになります。

上記2つの可能性のほか、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30~31頁表3の「Activity」欄に記載されている項目のうち「Other (e.g. cartoons).」以外のいずれにも該当しない要素のみを持つ画像だけが取得されていた場合に限り「Other (e.g. cartoons).」に該当するという意味であるという3番目の可能性について検討すると、

「Activity」欄に記載されている項目のうち「Other (e.g. cartoons).」以外のいずれにも該当しない画像は性的でも虐待的でもなさそうであり、そのような内容の画像にアクセスするためにインターネットを利用したりそのような内容の画像を取得したりすることが犯罪になるとは考えにくいということもありますので、3番目の可能性は極めて低いと思います。

また、上記3つの可能性のうち2番目及び3番目の可能性については、「Other (e.g. cartoons).」欄に関係しない画像については複数の項目それぞれの「Number」欄の数字に計上しながら、

「Other (e.g. cartoons).」欄に関係する画像については複数の項目それぞれの「Number」欄の数字に計上せず「Other (e.g. cartoons).」という項目の「Number」欄の数字のみまたは「Other (e.g. cartoons).」以外の項目の「Number」欄の数字のみに計上するという異なる扱いをする合理的な理由はないと思いますし、

同一の表の中でそのような異なる扱いをするなら異なる扱いをしたということをはっきりさせるべきだと思いますが、そのような異なる扱いをしたということは明記されていませんので、

2番目の可能性も低く、3番目の可能性については(上述したものとあわせて)極めて考え難いと言っていいと思います。

さらに、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」30~31頁表3は、「Baartz調査」の内容をもとにしたものであることは明示されており、かつ、「Baartz調査」何頁から引用したなどといった表記は存在しないことから、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」の著者らが「Baartz調査」の内容を参照して作成したものであると思われるところ、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」はその18頁27行目から20頁までに見られるように日本の漫画・アニメのような非写真的な画像も非難する論調で書かれており、

もし仮に「Baartz調査」が扱っている特定された50件のうちの2件以上においてoffenderによってcartoonが取得されていたという事実があったとした場合、2以上である件数をそのまま「Number」欄に記載し2件以上でoffenderによってcartoonが取得されていたということを明示した方が(1件のみだったというより2件以上あったという方がcartoonと犯罪にはより強い関連があるかもしれないと読み手に思わせることができcartoonのような非写真的な画像も規制すべきであるという方向に論理を持って行きやすいという意味で)「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」にとってはおそらく都合が良かったはずであって

わざわざ「Activity」欄に記載されている項目のうち「Other (e.g. cartoons).」以外のいずれかに該当する画像は「Other (e.g. cartoons).」欄の「Number」欄の数字には計上しないという扱いをして「Other (e.g. cartoons).」欄の「Number」欄の数字を2以上より少ない「1」にする理由ないし動機はまったく考えられないのであり、

そういう点からも3番目の可能性は極めて低いと言っていいと思います。

以上より、「Baartz調査」が扱っている特定された50件の事件のうち「cartoons」が取得されていた事件はおそらく1件のみと考えられ、それを前提とすると、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分3」が直接引用している部分の「the collection」とは、「Baartz調査」が扱っている特定された50件のうちのcartoonが発見された1件における収集物を指していると考えるのが妥当ではないかと思います。

(予想以上に長くなってきたため、この記事はここでいったん終了します。)

論文批判その3の2。

論文批判その3の1に続き、

渡辺真由子著「子どもポルノをめぐる国際動向と人権」(以下、「渡辺論文」というときはこの論文を指します)における引用に関する問題点について批判を書こうと思います。

前回の主たるテーマは被引用文献の質の問題でしたが、今回は以下の3点に関して書きます。

③外国語で書かれている文献を翻訳して引用する際の翻訳が妥当なものであるかという問題。
④出典の明示が適切なものであるかという問題。
⑤その他の問題。

(1)直接引用の体裁で記述されているが原典には部分的に一致する記述しかなく完全に対応する記述は存在しない疑いがある部分。

「渡辺論文」16頁本文7~10行目の部分(空白行や各頁上部にある「渡辺論文」の掲載誌名等及びタイトルは本文に含みません。また、以下、この部分を「渡辺論文の引用部分2」と表記します)。

「渡辺論文の引用部分2」は、「渡辺論文」脚注69及び参考文献[06]に記載されているDr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer著「CHILD PORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OF CHILDREN ONLINE」(2008年)という文献(以下、この文献を「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」と表記します。なお、著者名については後述するhttp://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTPsy_ENG.pdfの1頁より前の頁番号が振られていない部分の5頁目によります)の17~20頁からの直接引用という体裁で記述されているところ、

17~20頁という広い範囲のどこかという形での出所表記は出所の「明示」と言えるかは疑問ですが、それはさておき、

原典である「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」は、「渡辺論文」参考文献[06]の記述によれば2014年6月12日時点ではhttp://resources.ecpat.net/worldcongressIII/PDF/Publications/ICT_Psychosocial/Thematic_Paper_ICTPsy_ENG.pdf(リンク切れ)に掲載されていたようですが、現在はリンク切れになっており、ECPAT Internationalホームページで検索してみると、

(ECPAT InternationalホームページのURLは以前はhttp://www.ecpat.net/でしたが、現在はhttp://www.ecpat.org/に変わっています。なお、現在http://www.ecpat.net/にアクセスしようとするとhttp://www.ecpat.org/に飛ばされます。)

http://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTPsy_ENG.pdfに掲載されている文献と「渡辺論文」参考文献[06]に記載されている文献は、タイトルが一致し、筆頭著者の名のイニシャル及び姓が一致し、著者が3人以上であるということが一致し、作成年ないし発行年もhttp://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTPsy_ENG.pdfに掲載されている文献の1頁より前の頁番号が振られていない部分の最初の頁中の「25-28 November 2008」という記載等に照らせば一致し、URLも最後の「Thematic_Paper_ICTPsy_ENG.pdf」という部分が一致していることから、

「渡辺論文」参考文献[06]に記載されている文献は、現在はhttp://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTPsy_ENG.pdfに掲載されていると考えられ、

また、そもそも「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」に「改訂版」「2版」といったものが存在するという情報は見あたりませんが、論文その他の文献においてタイトルに「改訂版」「2版」などといった改訂したものであることを示す文言を付したうえで内容を改めるということはあると思いますので念のため検討すると、

「渡辺論文」参考文献[06]に記載されている文献のタイトル等には改訂したものであることを示す文言は付されていませんし発行年ないし出版年も「(2008)」と記載されていることから、「渡辺論文」参考文献[06]に記載されているhttp://resources.ecpat.net/worldcongressIII/PDF/Publications/ICT_Psychosocial/Thematic_Paper_ICTPsy_ENG.pdf(リンク切れ)に掲載されていた「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」は2008年に発表されたものであるとともに改訂版などではないと考えられ、

また、http://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTPsy_ENG.pdfは、ECPAT Internationalホームページにおいて「RESOURCES」をクリックしてhttp://www.ecpat.org/resourcesに行き、そこで画面右側の「Search」のところにあるスライドバーを「2008」にあわせたときに出てくる画面の中にある

「2008 - World Congress
World Congress III: Child
Pornography and Sexual
Exploitation of Children Online」

という部分をクリックしたときに出てくる「select your download」というところの「Report Type」というところをクリックしたときに出てくる項目の中から「English」をクリックするとたどり着くわけですが、スライドバーを「2008」こあわせたときに出てくる画面中にあるということ等からhttp://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTPsy_ENG.pdfに掲載されている文献も2008年に発表されたものであると考えられ、内容的にも最初の頁中の「25-28 November 2008」という記載や106頁以下の「Bibliography」のところで何ヵ所か記載されている「Accessed on 15 October 2008」との文言から2008年10月15日から同年11月28日までに発表されたものであると考えられ、また、タイトル等にも改訂されたものであることを示す文言は付されていないことから改訂版などではないと考えられ、

さらに、そもそも2008年11月25~28日に開催されたthe World Congress III Against Sexual Exploitation of Children and Adolescentsのために作成されたと思われる「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」の内容をthe World Congress III Against Sexual Exploitation of Children and Adolescents後に改訂したりするということ自体考え難いのであり、

以上より、「渡辺論文」参考文献[06]に記載されている「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」とhttp://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTPsy_ENG.pdfに掲載されている文献は同一であると考えられますので、

以下では、「渡辺論文」参考文献[06]に記載されている「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」の少なくとも18頁6~13行目の内容とhttp://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTPsy_ENG.pdfに掲載されている文献の少なくとも18頁6~13行目の内容が同一であろうということを前提としますが、

http://www.ecpat.org/wp-content/uploads/2016/04/Thematic_Paper_ICTPsy_ENG.pdfに掲載されている文献(以下、この文献も「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」と表記します)の17~20頁を読んでみると、その中に「渡辺論文の引用部分2」に完全に対応する記述は存在しません。

用いられている単語などを比較すると、「渡辺論文の引用部分2」は、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」18頁6行目の「It」から同頁8行目の「however」までの部分(以下、この部分を「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分2前半」と表記します)と、

「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献」同頁12行目の前の方の「the」から同頁13行目までの部分(以下、この部分を「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分2後半」と表記します)を、

それらの間にある3行ちょっとを削って無理やり繋いだ感じに見えますが、そうだとすると、直接引用の体裁で記述されているにもかかわらず原典に存在する3行ちょっとを削っていることになります。

さらに、「渡辺論文の引用部分2」は、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分2前半」及び「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分2後半」を直接引用する際の翻訳としてはデタラメと評するほかないものであることは明白でありいちいち指摘するまでもないと思いますが、

重要な部分についてのみあえて指摘するならば、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分2前半」は「pseudo-photographs」(擬似写真。写真ではないが写真に見える物)という文言を用いており、また、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分2前半」には「実在しない子どもが登場する」という意味の単語は存在しませんが、

「渡辺論文の引用部分2」1文目は「実在しない子どもが登場する描写物」という文言を用いており、「描写物」とは写真に見えない物まで含むと読み手に認識される文言であり、さらに「実在しない子どもが登場する」という原典には存在しない修飾語を加えている点で、直接引用する際の翻訳として許される範囲内にはないと言わざるを得ません。

また、「Dr. Ethel Quayle・Lars Loof・Tink Palmer文献の被引用部分2後半」の主節の主語の部分には「子どもを」「性的に」「バーチャルな」「ポルノ」といった意味の語は存在しませんが、

「渡辺論文の引用部分2」2文目は「子どもを性的に虐待するようなバーチャルなポルノ」という文言を用いており、この点についても直接引用する際の翻訳として許される範囲内にはないと言わざるを得ません。

念のため書いておきますが、「渡辺論文の引用部分2」の翻訳は、もし仮に「渡辺論文の引用部分2」が直接引用の体裁ではなく間接引用の体裁で記述されていたならばそれでも批判は免れないものの文脈を考慮した意訳であると強弁する余地がないでもないと思いますが、直接引用する際の翻訳としては論外ということです。

論文批判その3の1。

論文批判その1及び論文批判その2の1に続き、

渡辺真由子著「子どもポルノをめぐる国際動向と人権」(以下、「渡辺論文」というときはこの論文を指します)

に関する批判を書いていこうと思います。今回からしばらく「渡辺論文」における引用(特に間接引用)に関する問題点について書いていこうと思いますが、引用に関する問題点といっても例えば

①引用して利用する文献の質の問題。
②間接引用する際の要約や言い換えが原典の内容に忠実なものであるかという問題。
③外国語で書かれている文献を翻訳して引用する際の翻訳が妥当なものであるかという問題。
④出典の明示が適切なものであるかという問題。
⑤その他の問題。

などがあるわけですが、今回は①について、ついでに少し④について書こうと思います。

(1)引用して利用する文献の質にかなり問題がある部分その1。

①「渡辺論文」7頁本文(空白行や各頁上部にある「渡辺論文」の掲載誌名等及びタイトルは本文に含まない。以下同じ)32行目11文字目の「同」から7頁34行目10文字目の「。」までの部分。

「渡辺論文」の上記部分(以下、この部分を「渡辺論文の引用部分1」と表記します。なお、この記事で「渡辺論文の引用部分1」に記載されている文及びその直後の1文を直接引用せずに掲載頁等のみで記述しているのには理由があります(注1))は、

その直後の1文と違って他の文献を間接引用しているものであるということがやや明確ではないものの、その直後の1文が「そのため」で始まっており「渡辺論文の引用部分1」と内容的に緊密に繋がっていたと思われることも考慮すると、

「渡辺論文の引用部分1」及びその直後の1文は、「渡辺論文」脚注46及び参考文献[36]に記載されている2004年付けの日本弁護士連合会(以下、「日弁連」)の「国際刑事立法対策委員会 サイバー犯罪条約とその国内法化に関するQ&A」というタイトルが付された文書内の記述を間接引用しているように見えるわけで、

https://www.nichibenren.or.jp/activity/international/human_rights.htmlによると、国際刑事立法対策委員会は日弁連が2004年に設置した委員会。)

「渡辺論文」参考文献[36]の記載によればこの日弁連の文書は2015年1月20日時点ではhttp://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/icc/kokusai_keiji_a.html(リンク切れ)に掲載されていたようですが、現在はリンク切れになっているため日弁連HPにおいて「サイバー犯罪条約とその国内法化に関するQ&A」というキーワードで検索してみると、

https://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/kokusai_keiji_a.htmlに2004年5月14日付けの「(参考)サイバー犯罪条約とその国内法化に関するQ&A」というタイトルが付された文書が掲載されており、

文書のタイトルが(実質的に)同一であること、発行年もしくは掲載年であると考えられる文書に付されている年(月日)がともに2004年であって一致すること、「渡辺論文」参考文献[36]に記載されているURLと「(参考)サイバー犯罪条約とその国内法化に関するQ&A」というタイトルが付された文書が掲載されているページのURLを比ベてみると「http:」が「https:」に変わっていること及び「icc/」の部分が無くなっていること以外は同一であることなどを考慮すると、

「渡辺論文」参考文献[36]に記載されている日弁連の「国際刑事立法対策委員会 サイバー犯罪条約とその国内法化に関するQ&A」というタイトルが付された文書は、現在では「(参考)サイバー犯罪条約とその国内法化に関するQ&A」というタイトルが付された文書としてhttps://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/kokusai_keiji_a.htmlに掲載されていると考えられ、これらは同一の文書であると考えられるところ、

https://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/kokusai_keiji_a.htmlに掲載されている日弁連の2004年5月14日付けの「(参考)サイバー犯罪条約とその国内法化に関するQ&A」というタイトルが付された文書には、

「サイバー犯罪条約については、欧州評議会の加盟国だけでなく、オブザーバーとして、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、日本、南アフリカも起草委員国として参加し、署名しています。

そのため、サイバー犯罪条約は、欧州評議会の枠を越えた国際的な条約としての意味を持っています。」

との記載が存在し(以下、上記引用部分を「日弁連の文書中の被引用部分1」と表記します)、この「日弁連の文書中の被引用部分1」と「渡辺論文の引用部分1」及びその直後の1文を比べてみると、

「渡辺論文の引用部分1」及びその直後の1文は、「日弁連の文書中の被引用部分1」のうち「サイバー犯罪条約」という部分2ヵ所及び「署名しています」「持っています」の部分をそれぞれ「同条約」「署名した」「持つ」に改変し、改行及び「そのため」という部分の直後の読点を削り、その余の部分はそのまま利用しているということがわかるわけですが(注1)、

ここで問題なのは、「日弁連の文書中の被引用部分1」のうちのオーストラリアに関する記述は客観的事実に合致していない疑いが極めて濃いということです。

ここでいうオーストラリアに関する記述とは、日本では「サイバー犯罪条約」などと呼ばれている条約(以下、単に「サイバー犯罪条約」。英語正文フランス語正文外務省訳)の起草にオーストラリアが参加していたかという点及びサイバー犯罪条約にオーストラリアが署名しているかという点の2つがありますが(その他に「オブザーバーとして」の部分も適切でない可能性がありますがそれほど重要ではないため記事本文では省略します(注2))、

まず、オーストラリアがサイバー犯罪条約の起草に参加していたか否かについては、サイバー犯罪条約に関する欧州評議会の資料(https://rm.coe.int/16802f2599)の2頁目には「Elaborated by the Council of Europe with the participation of Canada, Japan, South Africa and the USA」と記載されており、これによればオーストラリアはサイバー犯罪の作成に参加していないわけで、

上記資料と日弁連の文書にはサイバー犯罪条約の起草にオーストラリアが参加していたか否かという点について記述に食い違いがあり、どちらが信用できるかを考えると、

その加盟国がサイバー犯罪条約の作成に参加していたことが明らかである欧州評議会の作成した資料の方が、欧州評議会の作成した資料にサイバー犯罪条約の作成に参加したとは記載されていない日弁連の作成した資料よりも信用できることは明らかであり、また、

(「渡辺論文」8~10頁で引用もしくは参照されている欧州評議会HP内の資料は、「渡辺論文」参考文献[04]の記載によれば少なくとも2014年11月20日まではhttp://conventions.coe.int/Treaty/Commun/ChercheSig.asp?NT=185&CM=&DF=&CL=ENGに掲載されていたようですが、現在はこのURLをクリックするとhttps://www.coe.int/en/web/conventions/full-list/-/conventions/treaty/185/signaturesに自動的に飛ばされることから、

2014年11月20日時点でhttp://conventions.coe.int/Treaty/Commun/ChercheSig.asp?NT=185&CM=&DF=&CL=ENGに掲載されていた資料は、現在は2014年11月20日以降に生じた事実(どこかの国が条約に署名・批准・加入したなど)に関する記載が増えた状態でhttps://www.coe.int/en/web/conventions/full-list/-/conventions/treaty/185/signaturesに掲載されていると考えられるところ、)

https://www.coe.int/en/web/conventions/full-list/-/conventions/treaty/185/signaturesに掲載されている表の「Australia」欄の「Ratification」欄のところに「30/11/2012 a」との記載及び「Notes」のところに「a: Accession」との記載があることから、オーストラリアはサイバー犯罪条約について批准(Ratification)ではなく加入(Accession)していることがうかがわれ、

オーストラリア内務省HP内のhttps://www.homeaffairs.gov.au/about/crime/cybercrimeには「Australia has acceded to the Council of Europe Convention on Cybercrime.」との記載があり、ここで「acceded」という語が用いられている点からもオーストラリアはサイバー犯罪条約について批准ではなく加入していることがうかがわれ、

上記2点の資料からオーストラリアはサイバー犯罪条約について批准ではなく加入していることは疑いないところ、

サイバー犯罪条約に加入することができるのはサイバー犯罪条約37条1項による招請を受けた欧州評議会に非加盟かつサイバー犯罪条約の作成に参加していない国に限られていることから、オーストラリアがサイバー犯罪条約に加入しているという事実はオーストラリアはサイバー犯罪条約の作成に参加していないということを示すものであり、

(オーストラリアが2010年9月にサイバー犯罪条約に加入することを招請されたことについては、https://www.coe.int/en/web/cybercrime/news/-/asset_publisher/S73WWxscOuZ5/content/australia-adopts-legislation-on-cybercrime参照)

仮にオーストラリアがサイバー犯罪条約の作成に参加していたとすればオーストラリアがサイバー犯罪条約に加入しているという事実と矛盾することから、

オーストラリアがサイバー犯罪条約の起草に参加していたか否かという事実に関しては、日弁連の2004年5月14日付けの「(参考)サイバー犯罪条約とその国内法化に関するQ&A」という文書中のオーストラリアに関する記述は客観的事実に合致していない疑いが極めて濃いと言わざるを得ません。

また、オーストラリアがサイバー犯罪条約に署名しているか否かに関しては、欧州評議会HP内にあるhttps://www.coe.int/en/web/conventions/full-list/-/conventions/treaty/185/signaturesに掲載されている表の「Australia」欄の「Signature」(署名)欄のところには日付が記載されておらず、これによればオーストラリアはサイバー犯罪条約に署名していないわけで、

上記資料と日弁連の文書にはサイバー犯罪条約についてオーストラリアが署名しているか否かという点について記述に食い違いがあり、どちらが信用できるかを考えると、

サイバー犯罪条約についてどの国が署名しているかという事実についての最も確実な資料は各国の代表者が署名したサイバー犯罪条約の原本であり、その原本はサイバー犯罪条約の末尾の部分(外務省訳では「末文」とされている部分)によれば欧州評議会に寄託されることになっており、この点からすれば最も確実な資料を有している欧州評議会が作成した資料の方が日弁連の文書よりも信用できることは明らかであり、

また、上述したようにオーストラリアがサイバー犯罪条約に加入しているという事実はオーストラリアはサイバー犯罪条約の作成に参加していないということを示すものであり、

サイバー犯罪条約に署名することができるのはサイバー犯罪条約36条1項により欧州評議会の加盟国及びサイバー犯罪条約の作成に参加した欧州評議会非加盟国に限られており、

欧州評議会の加盟国ではなくサイバー犯罪条約の作成にも参加していないオーストラリアはサイバー犯罪条約に署名することはできないことから、

オーストラリアがサイバー犯罪条約について署名しているか否かという事実に関しては、日弁連の2004年5月14日付けの「(参考)サイバー犯罪条約とその国内法化に関するQ&A」という文書中のオーストラリアに関する記述は客観的事実に合致していない疑いが極めて濃いと言わざるを得ません。

以上のように、日弁連の2004年5月14日付けの「(参考)サイバー犯罪条約とその国内法化に関するQ&A」というタイトルが付された文書の記述は、オーストラリアがサイバー犯罪条約の起草に参加したか否か及び署名しているか否かという点に関しては客観的事実に合致していない疑いが極めて濃く、それら2点に関する事実の情報源としては到底使うことができない資料であると言うほかなく、

それと同一の文書と考えられる、「渡辺論文」参考文献[36]に記載されている日弁連の「国際刑事立法対策委員会 サイバー犯罪条約とその国内法化に関するQ&A」というタイトルが付された文書も、それら2点に関する事実の情報源としては到底使うことができない資料であったと言うほかなく、

論文においてそのような資料を情報源として用いているという事実は情報源である資料の信用性の判断が杜撰であったということを示しており、「渡辺論文」内の事実に関する記述は他の部分で記述されているものも含め、情報源である資料にそのような記述があるとしてもそれが客観的事実に合致しているかどうか疑ってかかるべきと言うほかありません。

なお、「渡辺論文」7頁本文32~34行目には日弁連の文書を情報源としてオーストラリアがサイバー犯罪条約に署名している旨の記述がある一方で、同じ「渡辺論文」8頁表1には欧州評議会HPを情報源としてオーストラリアはサイバー犯罪条約に署名していない旨の記載があり、これらは明らかに矛盾しており、

なぜそのように明らかに矛盾した記載が同一論文内に存在するのか非常に疑問ですが、その疑問はとりあえずおくとして、日弁連の文書と欧州評議会HPの両方を読んだ時点でオーストラリアがサイバー犯罪条約に署名しているか否かという点について両方の資料には食い違いがあることに気付くことができたはずであり、

「渡辺論文」が上記のようにオーストラリアがサイバー犯罪条約に署名しているか否かという点についての情報源としては到底使うことができない日弁連の文書を情報源として利用したのは、その資料の信用性に疑いを抱かせる他の資料を入手することができなかったが故にその資料の信用性判断を誤ったことが原因ではなく(これが原因なら仕方のない場合もあるのですが)、その資料の信用性に疑いを抱かせる他の資料を入手していたにもかかわらずそれらの資料をしっかりと読み比べるなどして情報源としての信用性を判断するということを怠ったことが原因なのでしょう。

(注1。「日弁連の文書中の被引用部分1」は2つの文によって構成されている130文字程度の短い文章であって、文章構成や単語などの選択の余地がそもそも乏しく、具体的な記述を見ても1文目についてはどの国がサイバー犯罪条約の起草及び署名に加わったかという1つの事実をありふれた単語及びありふれた語順で記述したものであり(記述されている事実が客観的事実と合致するかは別論。というよりそれがこの記事の主たるテーマ)、2文目もありふれた単語及びありふれた語順で事実ないし見解を記述したものであり、

比較的新しい知財高裁の裁判例(例えば知財高裁平成20年7月17日判決・知財高裁HP知財高裁平成22年5月27日判決・知財高裁HP知財高裁平成22年7月14日判決・知財高裁HP知財高裁平成23年5月26日判決・知財高裁HP知財高裁平成27年9月10日判決・知財高裁HP知財高裁平成27年11月10日判決・知財高裁HP知財高裁平成28年6月29日判決・知財高裁HP)に照らせば、「日弁連の文書中の被引用部分1」だけでは著作権法上の著作物であるとは判断されない可能性が高いと思いますので、

「渡辺論文の引用部分1」及びその直後の1文は「日弁連の文書中の被引用部分1」に依拠したものであることは「渡辺論文」脚注46及び参考文献[36]の記載から明らかであり、また、「日弁連の文書中の被引用部分1」を一部改変しているものの実質的に同一であり、

また、「渡辺論文の引用部分1」及びその直後の1文は前後にカギ括弧を付したり上下を一行空けたりするなどして引用して利用する側と引用して利用される著作物を明瞭に区別できるようになっていないため著作権法32条1項(引用)の要件は満たしていないと考えられるとしても、著作権侵害にはならないと判断される可能性が高いと思われ、

また、一部が改変されていても著作者人格権(同一性保持権)侵害にならないと判断される可能性が高いと思いますが、

やや古いですが著作権法上の著作物と認められるための創作性の程度についてかなりゆるい基準を示したものと思われる高裁レベルの裁判例(東京高裁平成14年10月29日判決・裁判所HP)も存在し、

「渡辺論文の引用部分1」及びその直後の1文のような引用の仕方は、著作権や著作者人格権(同一性保持権)の侵害と判断される危険性がまったく無いとまでは言えないと思われるものですので、原典の作者(及び原典のその部分だけで著作権法上の著作物と認められると仮定した場合に著作権者である者)の許諾を得たうえで行うならともかく、そうでないなら避ける方が無難ですし、避けるべきだと思います。)

(注2。https://www.coe.int/en/web/der/observer-stateshttps://www.coe.int/en/web/portal/holy-seehttps://www.coe.int/en/web/portal/united-stateshttps://www.coe.int/en/web/portal/canadahttps://www.coe.int/en/web/portal/japanhttps://www.coe.int/en/web/portal/mexicoによれば、欧州評議会の非加盟国の中には欧州評議会の「observer」(オブザーバー)という地位を付与されている国が存在し、法王聖座は1970年に、アメリカは1995年に、カナダは1996年4月に、日本は1996年11月に、メキシコは1999年に、それぞれ付与されており、

上記資料からサイバー犯罪条約が採択された2001年11月23日時点でアメリカ・カナダ・日本は欧州評議会のオブザーバーという地位を有していたことはうかがわれる一方、その時点以前に南アフリカやオーストラリアが欧州評議会のオブザーバーという地位を有していたことはうかがわれず、

「日弁連の文書中の被引用部分1」の記述は、サイバー犯罪条約の起草時にアメリカ合衆国・カナダ・オーストラリア・日本・南アフリカが欧州評議会のオブザーバーという地位を有しておりその地位に基づき起草に参加したという意味のものと読むことも可能なものとなっているところ、

上記のようにサイバー犯罪条約の起草時に南アフリカやオーストラリアが欧州評議会のオブザーバーという地位を有していたことはうかがわれず、「日弁連の文書中の被引用部分1」及びそれを引用している「渡辺論文の引用部分1」のうちの「オブザーバーとして」という記述も適切でない可能性があります。

なお、そもそもオーストラリアはサイバー犯罪条約の起草には参加していないであろうということについては記事本文のとおりです。)
プロフィール

Author:stuvw

民放4局以下地域在住。
アニメ視聴はBSなどで。

https://twitter.com/stuvw22

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